[経済史]ヨーロッパ中心主義の形成過程、その特徴およびその問題点

 まず、「ヨーロッパ中心主義」の定義から確認していく。「一般経済史」48ページ[河崎信喜・奥和義, 2018]によれば次のように書いてある。

ヨーロッパ中心主義史観はおよそ150年前に誕生した歴史認識である。18世紀末からヨーロッパで産業革命が始まると、その経済力、軍事力を背景にヨーロッパ諸国による世界支配が急速に進展した。19世紀は紛れもなくヨーロッパの時代であった。19世紀にヨーロッパで興隆した経済学を含む社会科学は、ヨーロッパの世界覇権の要因を説明しようとした。その巨人がマルクスであり、ヴェーバーであった。

すなわち、18世紀末から始まった産業革命を根拠に、ヨーロッパが世界の中心的な存在であるという認識が広がった。その認識をもとにして、ヨーロッパの歴史を考えればアジアやアフリカなど、ヨーロッパの人々にとってはいわゆる「後進国」を含めた全世界の歴史を認識することができるのだ、という考え方である。

 この考え方が広がった背景には次のような考え方があった。ヨーロッパに比べてアジア・アフリカでは私的所有権が薄弱で、迷信に人々は囚われて科学的・合理的な判断ができないか、新奇な発明に関心を示さなかった、という考えである。これは国家の形態によると考えられた。ヨーロッパでは、西ローマ帝国の滅亡以来、比較的小さな領主国家が並立すると同時に王権から相対的に自立した自治都市や職工組合が各地で展開していた。一方のアジアやアフリカでは、権力が皇帝に集中する専制国家が成立していた。この専制国家の中では、便利な発明は体制安定を揺るがす変化を引き起こす可能性があるために、国家によって容認されなかったり、弾圧されたりすることがあるために公にされないことがあるのだとされた。また、専制国家においては私的所有権も薄弱であると考えられた。

 このような観点から、ヨーロッパを中心として歴史を理解していけばよい、と考えられたのが「ヨーロッパ中心主義」である。

 しかし、この考え方には問題がある。それは、人類全体のバランスが取れた歴史像ではないということである。ヨーロッパ中心主義においてアジアやヨーロッパは停滞しており、あくまで資源の一部であってヨーロッパの“飾りもの”的な存在である、あるいは奴隷等を生み出すに過ぎない場所である、と考えられた。この考え方を否定し、人類全体のバランスの取れた歴史像を再構築しようとする学術的な啓蒙運動として、グローバル・ヒストリーという考え方が始まったのである。

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