[経済史]戦後東アジアの経済発展の歩み

参考文献: 河崎信樹・奥和義編著(2018)『一般経済史』ミネルヴァ書房

 今回は戦後東アジアの経済発展の歩みについてまとめる。河崎信樹・奥和義編著(2018)『一般経済史』(ミネルヴァ書房)を参考に、第1に東アジアの工業発展について、第2に「リカードの罠」と呼ばれる農業の生産の問題についてまとめていく。

河崎・奥(2018:240)によれば、1970年代から1980年代にかけて、後進国の中で、輸出を通して急速に経済成長を実現した国が登場するようになった。それが東アジア諸国であり、具体的には、韓国、台湾、香港、シンガポールの4つの国・地域であるといい、これらを総称して新興工業経済地域、略してNIESという。

第1にこれらNIESの工業発展についてまとめる。NIESの特徴は、河崎・奥(2018:240)によれば、以下の4つの特徴があるという。それは、①アメリカ市場に、②労働集約的な軽工業製品を輸出し、③1人当たりの所得が急増して、④さらには経済格差の縮小がみられた、という4点である。①アメリカ市場に工業製品を輸出したことについて、これは当時の冷戦状況下でいわゆる東側諸国についていたNIES諸国にとっては当たり前のことである。河崎・奥(2018:241)によれば、NIESの成長戦略は、比較優位を持つ労働集約的な産業を選択し、最初から輸出を通じた経済成長を目指したという。②の軽工業製品を輸出したことについて、重工業より軽工業が経済発展にとって有益だったのである。河崎・奥(2018:241)によれば、軽工業のほうが重工業よりも国内に雇用を生み出し、この生み出された雇用が国民の所得の源泉となり、国民生活の向上に直結したという。また、軽工業のほうが比較的低い技術と少ない資本で起業できるため、国内の企業と企業家を生み出しやすかったという。このような軽工業の発展によって国民の所得が全体的に増し、③と④も実現されることになる。

 一方この時、共産主義である東側諸国は重工業を優先した。河崎・奥(2018:241)によれば、中国、インド、北朝鮮、ベトナムといった社会主義的な制度を採用した国々では、国防が最優先とされたため、国内の軍需産業を維持するために比較優位を持たない資本集約的な産業の発展が優先された。この点から見れば、NIESの成功は、ある意味、アメリカの核の傘の下、民需生産に集中できたことも大きな要因の1つであったという。

 第2に「リカードの罠」と呼ばれる農業の生産の問題についてまとめていく。河崎・奥(2018:241)によれば、後進国の経済発展のプロセスにおいては、工業より農業のほうが問題になることが多いという。すなわち、農業が発展しないために人員が工業に回らず、工業発展の足かせになっているということが多いのである。NIESで先ほど挙げた4か国について、シンガポールと香港は都市型の経済であり、もともと農村を持たず輸入に依存していた。そのため農業は問題とはならないが、台湾と韓国は問題となる。しかし、河崎・奥(2018:242)によれば、両国は植民地時代と戦後の改革を通して土地改革を経験していることが大きな要因となって農業が足かせとはならなかったという。すなわち、改革によって自作農が社会の基層を形成するようになったため、自作農に生産性を向上させるインセンティブが与えられ、リカードの罠を克服できたのだという。

 以上のように、東アジアの西側諸国は軽工業を発展させると同時に、農業の生産性を向上させるインセンティブによって急速な経済発展を遂げることになった。これは戦後続いた東西冷戦における経済成長の争いにおいて、西側諸国に優位性があったことをも示しているのである。

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