1870年代~第一次世界大戦までに見られた大英帝国の帝国主義の特徴

河崎信樹・奥和義編著(2018)『一般経済史』ミネルヴァ書房

 本レポートの課題は、1870年代~第一次世界大戦までに見られた大英帝国の帝国主義の特徴をまとめることである。課題に即し、河崎信樹・奥和義編著(2018)『一般経済史』(ミネルヴァ書房)を参考に、第1に現在では否定されているものも含めた「帝国主義」の考え方を述べ、第2に実際にイギリスが築いた「帝国主義」について述べていくこととする。

 河崎・奥(2018:143)によれば、過去には、企業の大規模化と帝国主義政策を直接結び付ける見解も存在した。すなわち、大規模企業が輸出、海外投資、原料調達のために、政府へ帝国主義政策を要求するというのである。しかしながら歴史的事実は異なる。実際に第二次産業革命による企業の大規模化がドイツとアメリカで見られたのに対し、実際に帝国主義政策を推し進めたのは主にイギリスとフランス、そしてロシアであった。これらの歴史的事実から、企業の大規模化と帝国主義政策を直接結び付けるモデルは不適切であることが分かる。

 では、実際にイギリスが展開した帝国主義政策は、河崎・奥(2018:144-146)によれば次のようなものであった。まずイギリスは、カナダ、オーストリア、インド、アルゼンチンなどの「周辺国」に対してインフラをはじめとした対外投資を行う。この、イギリスの投資によって整備された鉄道や湾港などを通り、主としてイギリスの商船によってイギリスへと輸出されたのである。そしてその輸出による収入は、輸出先のイギリスから、イギリスの通貨ポンドで支払われる。ポンドで支払われた収入を、鉄道などのインフラへのイギリスの対外投資に対する利子、配当の支払いや元本の返済に充てる。

 河崎・奥(2018:143)によれば、帝国主義政策をとっていた時代のイギリスは貿易赤字であった。しかし、先に述べたような経緯で、商船などサービス貿易や海外投資によって生み出された利子、配当などが貿易赤字を上回っており、経常収支も恒常的に黒字であった。このようにして、イギリスと「周辺国」は互いに利益になるような関係を構築していき、その過程でイギリスのポンドが世界で広く使われる通貨となっていった。すなわち、イギリスが築いた帝国主義による大英帝国の中では、イギリスと「周辺国」の間以外でも貿易にはイギリスのポンドが使われるようになった。これによって、各国の公的準備のポンドも、イングランド銀行やその他のロンドンの銀行に預けられることになった(河崎・奥2018:146)。

 1870年代~第一次世界大戦までに見られた大英帝国の帝国主義の特徴とは、河崎・奥(2018)によれば「周辺国」との関係を築き、それらの国との間で相互に恩恵をもたらすような仕組みを構築したことである。これによって、イギリスの銀行もその役割を十分に果たすなど、資本主義の世界ならではの帝国を築いていったのである。

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